遊び上手な男や女はここがあなたと違う!

あなたはストレス発散のためだけに遊んでいませんか?

 

とにかく、今の日本といい、現代人は忙しすぎます。

仕事や勉強はもちろん、家族、友達付き合いなどに追われ、毎日がめまぐるしく過ぎていく人がほとんどでしょう。

そうした日常のなかでは、本当の意味での遊びを忘れてしまいがちです。

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「そうかな?」

「週末などはストレス発散のために機会をつくるようにしているほうだけど」

なんて思っている人は、本当の遊びをしているとは言えないかもしれません。

 

仕事で嫌なことがあったからといって、衝動買いをしたり、恋人とケンカをして、やけ酒をあおったりするのは、フラストレーション(欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態)を除くという目的があってしているに過ぎないことです。

人間はマンネリ化を嫌いますからね。

 

では、遊びに目的があるのはよくないのでしょうか?

オランダのヨハン・ホイジンガという学者は、人間の本質は遊戯本能にあると提唱しました。

一九三八年に『ホモ・ルーデンス』という本で発表したものです。

このホモ・ルーデンスという言葉をひと言でいうと「遊ぶ人」という意味。

遊びとは自発的で自由な活動であり、遊びという特別の枠組みのなかで、時間と空間が展開するものだと唱えています。

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少し難しい言い方をしましたが、つまりのところ、本当の遊びは楽しさ、満足感があり、肉体や精神に快感を与える活動のはずです。

そして、ホイジンガのいうように自発的で、自由でなければなりません。

遊びには目的はなく、遊びという活動自体が目的なのです。

 

これは昔、誰もが経験のある「ごっこ遊び」を考えてみれば、わかりやすいでしょう。

おままごとやお店屋さんごっこ、お医者さんごっこでさえ、特別な目的があってしたものではないでしょう。

こうした遊びをしていたときには、自分たちの演ずる社会的役割や状況を設定して、それらしい振る舞いをするという創造的行為に楽しさを見出していたはずです。

 

「何のためにやっているの?」

と子どもに聞いたところで、子どもは答えられません。

遊びとはそういうものなのです。

 

だから、重荷から逃れるため、何かの代償のためにするというのは、遊びとはいえません。

仕事や家庭で受けるプレッシャーから逃れるために、買い物や飲み会をしても、目的があってしている以上、遊びにはならないのです。

仕事の愚痴を言い、仕事のことを考え続けながらお酒を飲んでも、それは「遊び的なもの」でしかないのです。

 

仕事の付き合いで飲んだり、接待したり、接待されたりするのも遊びにはなりません。

むしろ「遊び的仕事」に過ぎないのです。

自分のお金ではないからと、これ幸いとばかりに欲を出す人も見受けられますが、会社や取引先のお金で飲んでも本来の遊びの快感を満足させることはできないでしょう。

 

男性ビジネスマンに多い接待ゴルフや社内コンペなども同じです。

取引先や上司と自分との関係、自分の役割を考えて気を遣い、ぺこぺこと頭を下げながらゴルフをして遊びになるでしょうか。

遊びの空間、約束事、時間などを考えると、お酒もゴルフもほかのスポーツや娯楽なども、身銭をきるに限ります。

 

社会的役割から離れ、気ままに楽しむ。

それこそ、遊び本来の解放感、満足感が得られるのです。

「自分は遊び上手なほう」と思っている人は、何かを目的としたり、社会的役割を演じたままで遊んだりしていないか?

ちょっと立ち止まって考えてみてはどうでしょうか。

 

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