彼女

彼女を束縛してしまう心理

「共有」と「所有」の違い

 

愛情があるから、その相手の心の内の世界に入りたい。

できるだけ多くの時間を相手と過ごしたい。

一緒に過ごせなかった相手の時間や体験の内容を知り、相手の世界を共有したし この共有欲こそ、愛情の一つの要素であると言われると、そう思えなくもない。

でも、この共有欲が過ぎると、それが所有欲に発展してしまう。

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私はそれを恐れる。

なぜかというと、人が人を所有することは賢いことではないと、私は思うからだ。

人が人を所有すること、つまり、自分のモノにすることの極端なものが奴隷という制度だ。

 

奴隷の持ち主は、お金で買い取ったモノだから、奴隷は自分のモノだ。

売り買いも自由だ。

奴隷の肉体も時間も所有し、支配もできた。

 

でも、奴隷の心だけは所有することも、支配することもできなかった。

それは、奴隷は物ではなく人間であるからだ。

人が人を所有し、支配することは人の道に反するからだ。

天の道にも反するからだ。

天は、人の上に人を作らずなのだ。

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支配の逆は自由。

この自由であるということが、人が人間であるためには欠かせない。

自由はすべての人間にとって不可欠な条件である、といってよい。

絶対条件ではないかもしれないが、一つの必要条件であることはまちがいないだろう。

少なくとも、成人した大人の関係、男女の関係においては欠かせないのだ。

 

束縛された状態、強いられた心で相手を愛するというのは、成人した人間のなすべきことではない。

自由な心、自由な状態において相手を愛する。

少なくともそうでない愛は本物の愛だとは思えない、と私は考える。

 

この自由が軽視された状態では、健全な親しい男女の関係を築き、営むことは難しいのではないだろうか。

それは、自分が自分であることに、人間としての価値があるからだ。

自分が自分であることが、相手に受け入れられる。

他人が一人の人間として何を考え、どう思い、どう感じるかも自由であって、それを受け入れる。

 

つまり一人の人間として、自分らしく生きることを受け入れ合う関係においてこそ、真実に愛し合う、親密な関係が生まれるのではないか、と思うからだ。

親しき仲にも礼儀ありであって、親しい仲であっても、相手に聞いてよいことと、よくないことがある。

やってよいことと、よくないことがある。

その判断を誤ると、「嫉妬心が、愛し合う関係を創るための避けられない過程」にはならず、「愛の関係を妨げる一つの障害」となってしまう、と私は思う。

 

 

愛するとは、相手を「自由」にすること

 

このように考えてくると、「愛するとは相手を拘束する(自分のモノにする)ことではなく、相手を自由にする(自らで由しとする)こと」だと言ってよい。

「私を愛してほしい」とは言っても、「私だけを愛してほしい」とは言えなくなるものだ。

代わりに、「あなたが、あなた自身を愛するように、私を愛してほしい。

そして、あなたが、あなた自身を愛し、私を愛するように、人間すべてを愛する人になってほしい

そして豊かな愛の人になってほしい」と言えるようになれるかもしれない。

 

このような言葉を口にするのは、そんなに難しいことではないかもしれない。

でも心からそう思い、そう言えるようになるのは難しいことだと思う。

そういう考え方に基づいて、恋人や配偶者との関係を営むことは、さらに難しいだろう。

 

でも私たちは、そういう愛の人となるために、日々の営みの中で抱く嫉妬心の克服という課題に直面させられるのだと思う。

 

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