安心できる沈黙、不安になる沈黙
「沈黙は金なり」というが、それも時と状況による。
沈黙の相手をする人にとっては、軽い石どころか重い石となって、かなりの心理的プレッシャーになることもある。
沈黙は、その相手をする人からさまざまな反応を引き出す。
カウンセリングにやって来られた女性Nさん。
この頃、彼氏がまるで人が変わったように話をしなくなってしまったんですね。
それが、なぜかよく分からないんです。
私は、どちらかというとよく話をする方というか、おしゃべりなんですが、彼が話をしなくなった分だけ、私の方が余計によくしゃべるようになったと思います。
そして、ついこの間、『うるさいから、少し黙っててくれ』と言われて、ショックを受け てしまいました。
『だって、あなたが黙っているから、いっしょにいてもつまらないじゃない』って言ったら、売り言葉に買い言葉か分からないけど、『つまらないんだったら、会わなくたっていい』って言われて、私、泣き出してしまったんです。
「相手が黙っているときに、こっちがしゃべるのはよくないんでしょうか?」
そうだね。相手が沈黙しているときに、なぜ黙っているのかを考え、その理由が分かってくると、『しゃべらなければ』という衝動に駆られなくてすむよね。
でも、あなたには、そんな心の余裕がないのかな。
なんか、落ち着かなくなるのかねというわけで、彼の沈黙の意味をまず考えてみることにした。
そこで、私は言った。
「ところで、今、私の前にいるあなたは、そんなにおしゃべりの人のようには見えないな。」
「私は、ほとんど黙ってあなたの話すことを聞いているだけなんだけど。」
「先生は、黙っていても私を理解しようとしてくれている、というのが分かるからです。」
「先生の沈黙には安心できるんです」
「そうか。相手の沈黙の意味が分かると、しゃべらなきゃならないといった衝動に駆られないということなんだ」
「彼が黙っていると、不安になっちゃうんです」
世の中には寡黙な人がいる。
そういう性格的特徴を持った人がいる、と言った方がより正確かもしれない。
私などが、そのよい例だと思う。
こんなことを言うと、「あなたが寡黙だなんて信じられない」と、私をよく知っている人、私と接する時間の多い人は言うかもしれない。
特に、私のを聞くという状況で、私を知っている人は。
もちろん、私は時と状況と相手によって、寡黙であるときと、よく話をするときがある。
寡黙な面の私と長年つき合ってきた妻は、私を「口を聞かない人」と思い、ときには不満を口にしてきた。
バランスを保つために、自分の心を落ち着かせるためにも、あまり口を聞きたくなくなるのだ。
つまり、人は時と状況と相手によって、よく話をすることもあれば、黙ってしまうこともあるのだ、ということを言いたいのだ。
世の中には、一般的に男は寡黙で、女はおしゃべりという社会通念がある。
たしかにそうだと思う面もあるが、そうでないと思える面もある。
そういうふうに区別してしまうのも、危険だと思うこともある。
時と状況と相手によって異なるからだ。
男は寡黙でも、女の方がよくしゃべる人だと、それでなんとか双方が噛み合って、バランスのよい関係を続けていけるということもあるだろう。
そういう女性を私は、何人も知っている。
そういう女性を見ていると、まわり続けるコマを見ているような気がしてしまう。
止まると倒れてしまうので、相手の男がちょっとひとこと言うと、また口がまわり出す。
それを心得ているかのように相手の男はひとこと口をはさむ。
ときには、タイミングよく、「うん」「それで」と相槌を打ったりしている。
聞いているんだかなんだか分からないが、コマが倒れそうになると、ちょっと口をはさむのだ。
そのタイミングの良さに感嘆し、下手なカウンセラーよりうまい、と捻ってしまう。
こういうバランスのとれた関係ならいいのだが、Nさんの相手のように、今まで結構話をしていた人が、ある日から急に話さなくなったりすると、その対応に困ってしまうのである。
Nさんは「彼が黙っていると、不安になっちゃうんです。何を考えているかが分からないでしょ。私を嫌いになったんじゃないかとか、私と一緒にいたくないんじゃないかとか、変に心配しちゃって。」
「そこで、なんとか口を聞かせようと思っていろいろしゃべるんですけど、無駄なんです。すると、ますます不安になって・・・」と、相手が沈黙したときの自分の心の動きを語る。
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