「お金よりも小さな幸せ」の落とし穴
お金の話をしていると、しばしば出てくるのがこんな声です。
「わたしは、お金なんてそんなにいらない。それよりも、小さくてもいいからしっかりとした幸せが欲しい」
なるほど、言いたいことはよくわかります。
どんなにお金があっても、恋人や家族、また友人たちに勝るものではない。
大きな豪邸で暮らすより、そんな人たちと強い鮮で結ぼれた人生を送りたい。
きっと、そんなふうに思われているのでしょう。
しかし、こうした考えの背後には、お金に対するちょっとした誤解があるようです。
まず、このような人たちは、お金と幸せが両立しないものだと考えています。
そして、お金とは、幸せを犠牲にして生み出されるものだと考えています。
つまり、周囲の人々や、自分のプライベートな時間を犠牲にして、ようやくお金が手に入ると考えています。
これは大きな間違いです。
お金と幸せは、立派に両立するものです。
そして、人や時間を犠牲にせずとも、大きなお金を手に入れることは誰にでもできます。
あなたが「お金はいらないから、小さな幸せを」と願えば、脳は絶対にそれ以上の夢を実現しようとしません。
これは、脳の科学者も口をそろえて言うことです。
恋もお金も、すべてがレベルダウンし、中途半端な生活を送ってしまいます。
ですが、あなたが「たくさんのお金も欲しいし、大きな幸せも欲しい」と願えば、必ずそれは実現されます。
すべてがレベルアップして、本当に充実した、100%の幸せを手に入れることができるのです。
お金がなくてもいい、なんて考える理由はどこにもありません。
どうぞお金に構えないでください。
お金は恐ろしいものでもなんでもありません。
人生を豊かに潤してくれる、わたしたちの最良のパートナーなのです。
お金持ちの人たちは、みなそれを知っています。
なぜ「お金を口にするのは卑しい」のか
お金を口にするのは卑しい。
日本には、そのように信じている人が大勢います。
ところが米国では、誰もが巨万の富を得ることをあこがれ、大きな成功を収めた人を「アメリカンドリームを実現した」として称賛し、尊敬する文化があります。
この違いはどこから発生しているのでしょうか?
武士と商人といった、日本ならではの精神的風土もあるでしょう。
しかし、もっとも大きいのは、そこに「夢」があるかないかです。
「独立して、業界に新風を吹き込むような会社を立ち上げる」
「一流のデザイナーになって、南青山に自分の店を持つ」
「海外にいくつも別荘を構え、人生を存分にエンジョイする」
「趣味のスキーで、世界の山を制覇する」
こうした夢を実現するには、必ずたくさんのお金が必要になります。
つまり、夢とお金は連動しているのです。
それを知っている人生の勝ち組たちは、声を大にして「お金が欲しい」と簡単に言えます。
彼らは、お金があるから海外に別荘を建てるのではありません。
別荘が欲しいと願うから、お金が集まってくるのです。
この出発点を間違えると、おかしなことになります。
実現したい夢もないのに、ただお金が欲しいと考える。
あるいは、お金こそが夢だと考える。
それでは本末転倒ですし、軽蔑されても仕方のないところでしょう。
お金が欲しいと思うのは、健全で当然な欲求です。
しかし、その際にイメージするのは、あの一万円紙幣ではありません。
あくまでもあなたの「夢」を思い描いてください。
大きな夢を思い描けは描くほど、大きなお金もついてくる。
小さな夢しか抱けない人には、小さなお金しかついてこない。
夢を見失ってしまった人には、最低限のお金すら集まらない。
お金の出発点は「夢」
この言葉を忘れないでください。
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